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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)1273号 判決 1990年8月08日

原告

荒川睦弘

右訴訟代理人弁護士

佐野喜洋

被告

関西給食株式会社

右代表者代表取締役

林信太郎

田嶋武俊

右訴訟代理人弁護士

長野義孝

平井慶一

山内良治

山西美明

秋田仁志

峯本耕治

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二六七万円及びこれに対する平成二年三月六日から支払済み年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、給食委託請負及び物品の納入等を業とする株式会社であり、原告は、昭和五八年五月八日から平成元年四月二七日まで被告会社の代表取締役の地位にあったものである。

2  被告には、「役員退職功労金並びに特別功労金規定(以下、本件規定という。)」があり、代表取締役に対する退職功労金の支給について以下のとおり定められている。

(1) 第一条(功労金の支給)

当社の取締役または監査役(以下、役員という)が退社したときは、その在任期間中の功労に報いるために株主総会の決議を経て退職功労金を支給することができる。

(2) 第二条(算定基準)

〈1〉 退職功労金は当該役員の在任期間に応じて次の算式によって得た額とする。

退職功労金=最終月額報酬×在任期間(年数)×職位別乗率

〈2〉 代表取締役の職位別乗率は、上限が一・六であり、下限が一・〇である。

3  平成元年四月二七日開催された被告の株主総会において、原告に対する退職功労金の贈呈が議題として提出され、原告に対し、退職功労金を支給することを前提に、その取り扱いを右株主総会終了後の取締役会に一任する旨の決議がなされた。

4  被告は、平成元年五月八日開催された取締役会において、原告に対する退職功労金を金一二〇万円とする決議がなされたとして、右金員を原告の預金口座に振り込んで支払った。

5  しかしながら、実際には、被告の取締役会は、前記株主総会以降現在に至るまで、原告の退職功労金の支給について何らの決議もなしていない。

仮に、被告が主張する平成元年五月八日の取締役会決議がなされたとしても、右支給決議は、取締役会が株主総会から受権の範囲を超えるものであるから無効である。

すなわち、一般に、取締役に対する退職功労金の支給について、株主総会から取締役会への一任決議が有効とされるのは、確立された支給基準の存在と株主が右基準を了知できることが要件となっている。これを前提に考えると、前記株主総会決議の趣旨は、取締役会に対し、本件規定の範囲内でのみ原告に対する退職功労金の支給決議をなす権限を与えたものとみるのが相当である。とすると、取締役会は、職位別乗率の上限である一・六からその下限である一・〇までの範囲においてのみ原告に対する退職功労金の支給決議をなし得ることとなる。ところで、原告の最終月額報酬は、金六四万五〇〇〇円であり、その在任期間は六年間であるから、これを前提に計算すると、取締役会が具体的金額として決議し得るのは、金六一九万二〇〇〇円から金三八七万円の範囲内である。したがって、原告に退職功労金として金一二〇万円を支給する旨の取締役会決議は、株主総会から与えられた受権の範囲を超えた決議として効力を有しないものである。

6  5で述べたとおり、被告の取締役会は、原告に対する退職功労金の支給について、現在に至るまで、全く決議をなしていないか、又は、少なくとも有効な決議をなしていない。そして、これから後も、右決議をする意向のないことは明白である。

然りとすれば、原告は、前記株主総会決議により、最低でも、本件規定の下限乗率を採用した場合の退職功労金である金三八七万円の具体的請求権を有するものというべきである。

7  よって、原告は、被告に対し、退職功労金請求権に基づき右金三八七万円からすでに受領済みの金一二〇万円を控除した金二六七万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二年三月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4のうち、被告が原告の預金口座に対し、退職功労金として金一二〇万円を振り込んで支払った事実は認める。右支払は、平成二年五月八日開かれた被告の取締役会において、原告に対し退職功労金を金一二〇万円支給する旨の決定がなされたことに基づいて行われたものである。

3  同5の事実は否認し、その主張は争う。

被告は、平成二年五月八日開かれた取締役会において、原告に対し退職功労金として金一二〇万円を支給する旨の決議をなした。

ところで、そもそも取締役に対する退職功労金の支給が商法二六九条により株主総会の決議事項とされている趣旨は、取締役相互のお手盛りによって退職功労金の額が不当に高額に高くなることを防止するという点にあり、それ故、取締役会へ一任するという株主総会決議にも確立された支給基準の存在が要求されるのである。かかる趣旨からすれば、取締役会に一任するとの株主総会決議が存する場合において、これを受けて行われる取締役会の決議を法的に拘束するのは、右支給基準の上限額、すなわち、決議された具体的支給額が右支給基準の上限を超えてはならないということにあり、支給基準の下限については、取締役会決議の一応の目安とはなってもその裁量の範囲を法的に規制するものとはならないと解するのが相当である。

したがって、被告の取締役会がなした右支給決議は有効であることは明らかである。

4  同6の事実は否認し、その主張は争う。

原告の退職功労金請求権は、株主総会から委任を受けた取締役会が具体的な支給額を決議することによって始めて発生するものである。なぜなら、支給基準は、あくまで基準たるに過ぎず、その具体的金額の決定につき取締役会の裁量が認められることは明らかであり、それ故、取締役会の決議により退職功労金の金額が具体的に決定されない限り、退職功労金請求権が成立する余地はないからである。

第三証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

理由

一  請求原因1ないし3の事実及び4のうち、被告が、原告に対する退職功労金として金一二〇万円を原告の預金口座に振り込んで支払った事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、被告の株主総会において、原告に対し退職功労金を支給することを前提にその取り扱いを取締役会に一任する旨の決議がなされたにもかかわらず、被告の取締役会が、右原告に対する退職功労金の支給に関する決議を全くしないかあるいは少なくとも有効な決議をしないとして、このような場合には、原告には本件基準における最低限の退職功労金の請求権が発生する旨主張するので、これにつき判断する。

なお、被告は、平成二年五月八日に開かれた被告の取締役会において、原告に対し退職功労金を金一二〇万円支給する旨の有効な取締役会決議がなされた旨を主張する。当裁判所は、右決議が有効か否かの判断は留保し、ここでは、原告が主張するように、右決議が不存在あるいは無効であると仮定して、そのような場合に原告に対する退職功労金請求権が具体的に発生しているといえるか否かについてのみ判断することとする。

本件のように、株主総会において、退職する取締役に対し功労金を支給することを前提にその取り扱いを取締役会に一任する旨の決議がなされた場合には、取締役会は、株主総会ひいては会社に対し、右決議の趣旨に従い、遅滞なく退任する取締役に対する退職功労金の支給額を決定する義務を負うものというべきである。しかしながら、株主総会が退職功労金の取り扱いすなわちその具体額の決定を取締役会に一任したものである以上、当該取締役の退職功労金請求権は、取締役会の支給決議を待って始めて発生するものと解するのが相当であるから、取締役会がその額を定めることを怠っている場合あるいは有効な支給額の決議をしない場合であっても、取締役が会社に対する善良な管理者としての義務違反の責任を問われることは別として、本件の原告のような当該退任取締役個人が、右決議の不存在あるいは無効を理由として、会社たる被告に対し、支給基準に従って算定した額の給付を求める請求をすることはできないものといわざるを得ない(なお、右取締役会の義務があくまで会社に対するものであって、退任取締役個人に対するものではないことからすると、当該退任取締役個人が、会社に対し、退職功労金の額を決定して支給すべき旨を請求することもまた困難であると解せられる。)。してみると、原告の前記主張は、それ自体失当というべきである。

三  以上によれば、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野々上友之)

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